ぼえぼえ―お道楽さま的日常生態

ぼえぼえ―お道楽さま的日常生態― STUDIO L Webん室

まぁ、いわゆる雑記。

 そんな与太話をしている間にも、海は静まる気配どころか波の上下運動は現在進行形でさらにひどくなっていく。カワチもヒナセも海軍生活がそれなりに長いので、多少の激浪くらいでは船酔いなぞするはずもないが、それでも大きすぎる波のうねりに艦が乗ると、三半規管がときどき悲鳴を上げそうになる。揺さぶられ続けるのにも限界はある。人間だから。
「司令官。救命胴衣の着用を進言します」
 カワチ少将の声に、ヒナセは小さくうなずいた。
「進言を受け入れます。艦隊総員、救命胴衣着用」
「了解しました」
 艦娘にも救命胴衣を付けさせるのは、うっかり接触事故を起こし実艦形態が解除されたのみならず、艤装が故障した場合を考えてのことだ。旗艦『鳳翔』が事故れば、下手をするとヒナセもカワチも海に投げ出されてしまう。このくそ寒い荒天の中、海に落ちれば救命胴着があったとろで無事ではすまされないだろうが、付けていないよりは、浮力があるぶん助かる見込みがないわけではない。要は艦娘たちが助けに来てくれるまでの時間稼ぎができればいい。そしてそれは、助ける対象が艦娘であっても同様である。艦娘は人ではないので水中でもかなり長い時間の生命維持が可能だが、それでも限界はある。艤装が能力不能となったとき、彼女たちは自重がゆえに浮くことができず、ある深度以上沈むと回収はまず不可能になる。艦娘が見た目のイメージや同体格の人間よりもはるかに重いのは、『艤装を内包しているからであり、それを支えるための筋肉密度が人間よりもはるかに高密度だから』と言われているが、そこは最高機密に属することなので詳しいことは分からない。ただ『浮力なんか意味がないほどに重いから、素体のまま水に落ちれば沈むしかない』のだ。
「各艦へ伝達。艦隊総員、救命胴衣を着用せよ。くりかえす。艦隊総員、救命胴衣を着用せよ」
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 この一文で、階級上同格の作戦司令長官とその幕僚団を黙らせるのだから、さすがは上級軍族・浅香家の人間である。しかしその部下であるヒナセたちは「しょせん軍族の腹とか背中にくっついているコバンザメ」くらいの認識と扱いでしかない。腹は立つが事実である。多くの佐官を輩出している中級軍族のカワチですらそうなのだから、農家出身のヒナセなんかは、ミジンコくらいにしか思われていない。
 自分の基地やアサカの元にいれば気が付かないことだが、こうして外の組織に紛れ込むと、血筋や出身が大きく物を言い、階級や組織内の地位(こう見えてもヒナセは分基地司令官で、場合によっては作戦司令長官よりも立場が上になったりもするのだが)ですら軽視されることを実感せざるを得ないのだった。

 さて、船倉が空になった補給船団を戦闘海域外までエスコートしていったカワチ提督の第二戦隊は、編成数が半分以下になって戻ってきた。ヒナセの第一戦隊に合流したのち、カワチ提督は、ヒナセ艦隊旗艦に移乗した。半分は作戦会議がやりやすいように、半分は沸騰したヒナセ司令の緩衝材――つまりはお目付役である。この時点で旗艦は『鳳翔』に戻っている。
 作戦海域の隅っこのほうで残留待機に入ったが、何かあったらすぐさま逃げ出せるよう陣形を組み、警戒を厳とし、見張りをいつもよりも多く配置した。戦闘に巻き込まれるだけ損にしかならないのに武勲を取りに行こうなんて矜持や無謀さは、ヒナセもカワチも持ち合わせていない。『被害はできるだけ最小限に』が作戦骨子であり、艦隊行動のモットーである。
 そのうちに作戦総司令部から、戦闘不能で漂流しているだろう艦娘の救出や、出るかどうかも分からないドロップ艦の回収をするよう命令が下った。ヒナセ基地の主任務は『傷ついた艦の修復とリハビリ』なので、本道からそれた話ではないのだが、とにかく作戦総司令部の態度が気にくわない。戦闘行動をほとんどしない基地の艦隊なんか足手まといだ、という総司令やその参謀たちの感情が、声からも態度からも命令そのものからもだだ漏れである。だったら補給任務が終わった時点でさっさと佐世保あるいは鹿屋に帰投させてくれればいいのに、それはダメだとべもない。全作戦終了時に艦隊の頭数がある程度以上そろっていないと昇級査定に響くもんだから、ヒナセ艦隊を無理矢理残して、さらに自分たちの邪魔にならないよう、文字通り『拾い仕事』をさせようとしていることは、火を見るよりも明らかだった。

 そんなワケでヒナセの機嫌は『悪い』を通り越して『怒髪天』すらも通り越している。
 カワチ提督はいつも以上にニコヤカでスマートな態度を貫いているが、これはきっとヒナセが怒りきってるからあえてそうしているだけで、打ち合わせ中に多少の毒が漏れたりしているから、きっと同じくらい、いやもしかしたらヒナセ以上に煮えたぎっているのかもしれない。なんにしても有能な部下である。階級は一緒だけど。
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 作戦参加艦艇への補給がほぼ終わって、『鳳翔』はヒナセ艦隊に返却された。仮オフィスと補給物資の一部が載せられていた飛行甲板は、見るも無惨な状態になっていて艦載機の発着ができる状態ではなかった。ここでもヒナセの怒りゲージは下降するどころか上昇をするばかりで、このあたりからことあるごとに「なんでこんなトコに……」を口走り始めていた。もう自分の基地(おうち)に戻りたい。じゃなければせめて鹿屋に帰りたい……そればかりがヒナセの頭の中でぐるぐる回っていた。

 さて物資がなくなったからお役御免かと思っていたら、今度は補給艦だけ鹿屋に戻してそのまま海域に留まれという命令が出た。補給船団護衛艦隊司令部に不穏な空気が走ったことは言うまでもない。簡単な会議(立ち話とも言う)が開かれ、さすがに戦闘海域のなかを補給艦だけ帰すわけにはいかない、ということになり、カワチ提督指揮の第二戦隊が戦闘海域の境界線あたりまで、その先は重巡『足柄』を中心とした一部の艦に佐世保までエスコートさせると作戦司令部に申告。なんとか了承を得て実行することになったが、ここでも一悶着あった。寄り集まり所帯ならではのグダグダ運営と言えばそこまでの話だが、作戦司令部の人心掌握の稚拙さは目に余るものがある。
 はじめ、作戦司令部は補給艦の護衛すら裂くことすら嫌がっていた。この頃にはヒナセたちも、どうやら今作戦の状況はあまり良くないようだと、薄々気が付いていた。そうでなければ単なる補給船団の護衛艦隊にまで、戦闘海域への残留を命じる理由がない。結局、作戦総司令部の無謀な要求を黙らせたのは、もしもの時にと持たせられていた伝家の宝刀、つまりはアサカ中将の信書であって、ヒナセやカワチの功績ではない。
『護衛艦隊を含む貸出の艦船を無駄に損失するような運用が認められた場合には、それ相応の措置を取らせて頂く……云々』
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 艦娘は、基本的には人間を害することはできないようにプログラムされているが、仕えている提督からの命令があれば、それを最優先で実行するようにもプログラムされている。
 “提督”は、だからこそ、ある程度の教養と品格そして冷静さを求められる役職だが、それでも結局は人間。感情ある生き物なので、理不尽なことが続けば、キれることもある。
 事実昔から、理不尽なことを強要されたことに起因する、この手の故意による遭難事故や未遂事件は後を絶たない。だのになぜか性懲りもなく同じことが繰り返される。ヒナセが思いとどまれたのは、間違いなくカワチ少将が冷静に対応したからだ。反対に、キれそうになったのがカワチだった場合は間違いなくヒナセが止めていたはずで、それを見越して二人を対にして任務に就かせた、直属の上司である鹿屋基地第三部次長アサカヒロミ中将の人事が的確だったことが証明された。

 結局、カワチ少将にいさめられ、秘書艦娘・鳳翔になだめられて、ヒナセは渋々座乗艦を重巡『羽黒』に移し、それに伴い艦隊編成を変えた。

 ヒナセ護衛艦隊
  艦隊司令および第一戦隊長・ヒナセ少将、旗艦『羽黒』
  艦隊副司令および第二戦隊長・カワチ少将、旗艦『妙高』

 ヒナセの筆頭秘書艦娘であり専任艦である『鳳翔』を残し、ヒナセたちは、補給船団が駐留する海域の外周を警戒するべく、その場を離れた。ヒナセは『羽黒』の戦闘指揮所に上がって、名残惜しく恨めしい顔で、小さくなっていく『鳳翔』をいつまでも見ていた。『鳳翔』が米粒より小さくなって波間に隠れたあとも引き上げようとしなかったので、カワチがお目付役に置いていった那智に首根っこをつままれて子狸のようにぶら下げられ、羅針艦橋に戻されるまでがセットだった。
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 スタートを告げる号令も空砲もなく、深海棲艦との海戦以上の喧噪が始まった。
 艦隊総司令に到着報告をする前に、何故かヒナセの乗艦に補給担当参謀が乗り込んでくる。
 補給船団の旗艦は別の艦だと説明するのに誤解は晴れず……というか無視され、ヒナセ補給船団護衛艦隊の旗艦はそのまま補給司令艦にされ、ヒナセと補給担当参謀が揉めている間に『鳳翔』の甲板上にプレハブの仮小屋が建てられて、海上オフィスにされてしまった。
 自艦上に補給司令部の仮オフィスを用意して待っていた補給船団司令は「顔を潰された」と怒ってヒナセに文句を言ってくるわ、いつも妖精さんたちによって顔が映り込むほどきれいに磨きあげてある『鳳翔』の飛行甲板はヤローどものドカドカ歩きで汚されるわ、しまいには補給船団の護衛艦隊司令はとっとと護衛任務に就け――つまりは座乗艦を変えろと暗に言われて、ヒナセの怒りは頂点に達した。
 不穏な空気を察した護衛艦隊副司令のカワチ少将から全力でたしなめられなければ、ヒナセは躊躇なく鳳翔に艤装を解いて艦を海上から消すよう命じただろう。
 艦娘がベースの軍艦は、艦娘形態と実艦形態の二つを実装している。艦上に人が乗っている状態で、実艦形態を解いて艦娘形態に戻ればどうなるか。
 答えは簡単。
 乗艦中の人間や艦娘や甲板上にあらたに設置された物らは、等しく海に投げ出されることになる。
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「……寒いのは苦手なんだよ」
 ヒナセはウール百パーセントな軍用コートの立てた襟の中に首を引っ込め、ウール百パーセントなマフラーの中にも埋もれて、鼻からたれてきた水をズビ…とすすった。
 こういう時にカワチが軽口を叩くのはいつものことなのだが、今日のヒナセの機嫌は、その程度では直らない。この海域に来て以来ずっと、怒りと不機嫌でアタマが沸騰しっぱなしだから、無理もない話なのである。


 一週間ほど前、ヒナセがのほほんと基地内の菜園で豆苗(まめなえ)の植え付けをしていた時に緊急電が入った。発信地は本部基地の鹿屋。曰く『できるだけ練度の高い、しかし小艦編成で、さらにカワチ少将の艦隊込みで至急来い』との命令だった。これが話の始まり。
 もっともこれは、冒頭部分どころかタイトル文字が飾られる前の、献辞の部分でしかなかった。

 鹿屋に着くなり護衛任務の命令を受けた。目的地は佐世保。なるほど護衛任務ならば小艦編成はうなづける。じゃ、カワチ艦隊の主艦である妙高型四隻はどうするかと訊けば、そのまま一緒に護衛任務に就けという。最初に不審感を抱いた瞬間だったが、命令には逆らえない。まぁいいかと、艦隊の編成変更もそこそこに、補給船団の護衛(補給船団と駆逐艦たちが重巡四隻の護衛みたいに見えたのは、ここだけの話だ)をして佐世保に行ってみると、さらに大量の補給物資を積んだ多数の船が待ち構えていた。編成内容はともかく艦数だけはちょっとした艦隊並みに膨れあがった補給船団を、手薄ながら護衛しつつ指定海域まで来てみれば、現地はめまいがするほど素敵な消耗戦の真っ最中で、後方からの補給を今か今かと待ち構えている状態だった。
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 できれば早々に海域を離脱して、少しでも海の状態がよいと思われる方向に待避したいところなのに、この場に留まり待機するよう命令されている。
 艦橋の窓から見える自分指揮下の艦たちが、激浪に翻弄されて上に下に左右にとうねり、必死で海面にしがみついているさまが波の間から見え隠れしていて、実に心許ない。艦と艦の間隔はかなり広くとってあるが、いつ不意に流されて艦同士が接触するか衝突してもおかしくない状況だ。小さな艦ほど流されやすいのだ。
 ヒナセが指揮する艦隊の主隊は、旗艦である軽空母『鳳翔』を筆頭に、軽巡二隻と駆逐艦が三隻の小艦編成で、練度も旗艦以外はさほど高くない。そもそも戦闘行動に参加するための艦隊ではないし、基地自体が戦闘行動を主とした基地ではないから仕方がないと言えば仕方がない。
 だのに、だのにだのに……
「なんでこんなトコに出張しなきゃならないんだ……」
 呟いてから、自分のやや斜め前、十一時の方向に立っている艦隊副司令のカワチアキラ少将が涼やかに微笑んでいるのに気がついた。彼女はこの激浪の中、平気な顔をして立っている。艦が突然大きく揺れれば転倒しないよう右に左に前後にと足を突っ張る仕草はするが、その動作は彼女自身と同様に華麗でスマートだった。
「まぁまぁ。この揺れを頂戴しているのは我々だけじゃない。あっちで戦っている連中は、もっと悲惨なことになっているだろうよ」
 カワチは制帽のひさし越しに、軽くウインクを投げてよこした。そんな余裕綽々の態度に、思わず「チッ」と舌打ちが出る。
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 それでもまだ午前中は、高曇りではあったけれども、海自体は穏やかだった。
 気象予想を聞かされていない者たちは、気温が低く風が身を切りそうなことを除けば、まぁまぁ悪くない天気だと思っていた。冬のこの海域にしては、波が穏やかだったからだ。天気予想を知っている提督たちの一部も、今日はこのまま穏やかに一日が終わってくれるのではないかと、心密かに期待していた。
 だが。当たって欲しい予想は当たらず、当たらなくていい予想が当たるのは、世の常。昼過ぎから急激に気温が下がり始めたかと思うと強い風が吹き始めた。低い気温に強風のコンボで、体感温度は確実に氷点下になっていく。
 そうこうしているうちに、一四二七(ヒトヨンフタナナ)に強風注意報が、一六二三(ヒトロクフタサン)に強風波浪警報が発令され、全艦隊は予想されるさまざまな事態に備えて警戒厳の体勢に入った。
 そして現在――一七五五(ヒトナナゴーゴー)。さらに強くなった風は、海も空も区別なく世界のすべてを切り裂いて、この世のすべてを呪うかのような雄叫びを上げている。



「……なんでこんなトコに居続けなきゃならないんだ……」
 うねり揺れる旗艦『鳳翔』の羅針艦橋で、鹿屋基地第三部三六課課長(第三三六分基地司令官)・海軍少将ヒナセヒナコは憮然としていた。
 この海域に来てから、何度同じ言葉をつぶやいただろう。今日に至っては寒すぎて歯の根がずっと合わないし、鼻から水まで垂れそうになっている。両足を踏ん張りつつさらに手で体を支えてはいるが、少しでも気を抜くと即座に転倒しそうだ。
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『こづる……』

 小さな私を膝に抱いて、あの方は私をそう呼んだ。
 撫でつけられた白い髪、整えられた白い髭。
 その身に常にまとう白い詰め襟。
 節くれ立った大きな手は、けれどもさらりと乾いていて、私の頭をそっと撫でる。
 その手が、私は好きだった。

 やがて私も大きくなり、あの方を乗せて海に出る。
 白いあの方と白い私。
 この青い海と青い空。
 どこまでも、どこまでも一緒に……





 景1  南西諸島海域 沖ノ島沖 ポイント八六二


 夕闇迫る冬の海は荒れている。

『西高東低ノ冬型気圧配置。等圧線、幅狭シ。
 強風及ビ波浪ノ、警報 或ヒハ注意報 発令ノ場合アリ。
 全艦隊、厳重ニ注意セヨ』

 明け方に作戦司令部から送られてきた予想気象図からは、どう転んでも大荒れの空模様しか読み取れず、不穏な一日が予想された。付随してくる三時間予想も同様で、時間の経過と共に天候が悪化するさまが書かれていて、海域にとどまっている艦隊司令官たちをげんなりさせた。
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