2021.09.10 Friday
9/12開催のマリみてオンリー【子羊たちの運動会】の勝手に盛り上げ企画・その2。
相互フォロワーのそうしゃいっそうさん出して頂いたお題 第2弾
『温泉に入る聖蓉』です。
ささ、どうぞ。
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相互フォロワーのそうしゃいっそうさん出して頂いたお題 第2弾
『温泉に入る聖蓉』です。
ささ、どうぞ。
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——湯のさきにうちけぶる君とらえてや——
「……まったくもう……」
蓉子は小さくため息をついた。
この苛立ち。どうしてくれよう。
「ん? どしたー?」
佐藤聖の間抜けな声が聞こえる。ああもう、本当にこの人ったら……。
聖の『赤いブーブー』(彼女は密かにあれを『よーこ号』と呼んでいるのは知っているが、それについては気が付いていないふりをしている。何年も)で連れてこられたのは、とある山奥の温泉宿。『鄙びた』という言葉がしっくりと似合う、それでいて『本当に寂れて廃業寸前』なんてことでもない。格式を保ちつつ、しかし肩肘張らずにくつろぐことのできる宿である。
仕事がら滅多に外に行かないくせに、よくもまぁこういう所を見つけるものだと感心しつつ宿の雰囲気に少し緊張していたら、「いやーウチの親父さんがね、しょっちゅう湯治に来てるトコなんだよー」といつもの緊張感のない顔でへらへら笑って種明かしをしてくれた。それですっかり毒気を抜かれてしまい、そのままの流れで今、こうして湯に浸かっている。
ではなぜに苛立ちをおぼえているのかというと、まぁアレだ。同行者の〝あめりか人〟湯けむりに霞んで見え隠れしているその姿が、妙に艶っぽいのだ。おかげでつい懸詞《かけことば》なんか使った句が頭に浮かぶ始末である。まるで思春期の中学生男子みたいだが、短歌を詠む中学生男子は一般的ではないわよね、と瞬時に思い至って、若干の自己嫌悪におちいっている……というわけである。
「いやー、ひっさびさに来たけど、ホントいいロケーションだわー」
聖が湯船の縁に腰掛け、うーんと伸びをした。露天風呂なのにそんなに無防備で大丈夫か? と気を揉みかけたが、よくよく考えないでも貸し切り風呂である。こちらからの眺望は最高の状態を保ちつつ、外部からはしっかりと遮断された空間なのだろう。
「本当ね。滝が間近に見える温泉なんて、私はじめてよ」
素直な感想を言うと、聖がにっこりと破顔した。
「でしょー? 以前は湯船でちょっと一杯……なんてこともできたんだけどね。なんか事故があったらしくてさ、今はダメなんだって」
ここの湯はさほど温度は高くない。だからのんびり飲みつつ浸かりすぎて、気が付かないうちに湯あたりしてしまった人がいたのだろう。
「お部屋からの眺めも素晴らしかったじゃない。宿の人にお願いして、窓際にテーブルを用意してもらうことはできるんじゃない?」
何気なくいうと、聖の顔が靄の中でも分かるくらいにぱぁぁぁ……っと明るくなり、私の中にあった邪気が吹き飛んでいく。聖という太陽に温められて、私はコートを脱ぐ旅人だ。
——千千に乱るる我ぞをかしき
ストン、と後の句が落ちてきて、ああ、聖も含めてこの絶景を素直な心で楽しもう、と納得した。邪なのは自分の心の内だけだから。
深い山奥の静かな温泉宿。
二人だけの静かな空間。
——良き哉、良き哉。
「……まったくもう……」
蓉子は小さくため息をついた。
この苛立ち。どうしてくれよう。
「ん? どしたー?」
佐藤聖の間抜けな声が聞こえる。ああもう、本当にこの人ったら……。
聖の『赤いブーブー』(彼女は密かにあれを『よーこ号』と呼んでいるのは知っているが、それについては気が付いていないふりをしている。何年も)で連れてこられたのは、とある山奥の温泉宿。『鄙びた』という言葉がしっくりと似合う、それでいて『本当に寂れて廃業寸前』なんてことでもない。格式を保ちつつ、しかし肩肘張らずにくつろぐことのできる宿である。
仕事がら滅多に外に行かないくせに、よくもまぁこういう所を見つけるものだと感心しつつ宿の雰囲気に少し緊張していたら、「いやーウチの親父さんがね、しょっちゅう湯治に来てるトコなんだよー」といつもの緊張感のない顔でへらへら笑って種明かしをしてくれた。それですっかり毒気を抜かれてしまい、そのままの流れで今、こうして湯に浸かっている。
ではなぜに苛立ちをおぼえているのかというと、まぁアレだ。同行者の〝あめりか人〟湯けむりに霞んで見え隠れしているその姿が、妙に艶っぽいのだ。おかげでつい懸詞《かけことば》なんか使った句が頭に浮かぶ始末である。まるで思春期の中学生男子みたいだが、短歌を詠む中学生男子は一般的ではないわよね、と瞬時に思い至って、若干の自己嫌悪におちいっている……というわけである。
「いやー、ひっさびさに来たけど、ホントいいロケーションだわー」
聖が湯船の縁に腰掛け、うーんと伸びをした。露天風呂なのにそんなに無防備で大丈夫か? と気を揉みかけたが、よくよく考えないでも貸し切り風呂である。こちらからの眺望は最高の状態を保ちつつ、外部からはしっかりと遮断された空間なのだろう。
「本当ね。滝が間近に見える温泉なんて、私はじめてよ」
素直な感想を言うと、聖がにっこりと破顔した。
「でしょー? 以前は湯船でちょっと一杯……なんてこともできたんだけどね。なんか事故があったらしくてさ、今はダメなんだって」
ここの湯はさほど温度は高くない。だからのんびり飲みつつ浸かりすぎて、気が付かないうちに湯あたりしてしまった人がいたのだろう。
「お部屋からの眺めも素晴らしかったじゃない。宿の人にお願いして、窓際にテーブルを用意してもらうことはできるんじゃない?」
何気なくいうと、聖の顔が靄の中でも分かるくらいにぱぁぁぁ……っと明るくなり、私の中にあった邪気が吹き飛んでいく。聖という太陽に温められて、私はコートを脱ぐ旅人だ。
——千千に乱るる我ぞをかしき
ストン、と後の句が落ちてきて、ああ、聖も含めてこの絶景を素直な心で楽しもう、と納得した。邪なのは自分の心の内だけだから。
深い山奥の静かな温泉宿。
二人だけの静かな空間。
——良き哉、良き哉。