2014.03.01 Saturday
靴の底が発する悲鳴を聞きながら、あの歩き方をいつかマスターしてやろう。そんなことも考えていた。だって。久世さんの歩き方は、そんなに気を遣っているようには見えない。だのに静か。それがなんだかかっこいいと思ったから。
平屋の方に玄関らしきものが見えたので、そこから自宅へ入るのだろうと思っていたら、違っていた。その前を通り過ぎ、本堂をぐるりと迂回する。本堂の横は車が一台通るかなくらいの幅の通路で、反対側は一面濃い緑の壁。そこに白地に赤丸や薄むらさき、濃いめのピンクなど、手のひらくらいの花がところ狭しと咲いていた。今がちょうど満開なのかもしれない。
私はこの花だけは知っている。
芙蓉……蓉子の花だ。
こんなにたくさん咲いているのは初めて見た。いつか蓉子を連れてきたいと思った。
本堂の建物が切れたあたりで、先を行く久世さんが立ち止まる。
私もあわてて立ち止まる。ぶつかると危ない。久世さんは私よりも小柄だし、なにより女性にぶつかってうっかち突き飛ばしたりしたら、それは佐藤聖クオリティじゃない。
久世さんは止まるとほぼ同時に上体を右斜めに傾いで、ほんの少しの間、何かをのぞき見るような仕草をした。一瞬動きが止まったなと思った刹那、今まで以上に素早い動きで体を元に戻していきなり左に折れて歩き出した。
私は慌ててあとを追う。久世さんが立ち止まった場所で左を見ると、少し奥まったところに久世さんはいて、その先にガラス格子の引き戸が見えた。どうやら玄関のようだった。……いや、もしかしたら勝手口かもしれない。
『木槿(ムクゲ)』の連載。
もともと【ほえほえ雑記】にチミチミ連載してたんですが、この時に『新聞小説』くらいのボリュームで、できるだけ毎日更新する……というルールを自分に課してました。
今回の続きの新連載も同様に、『新聞小説』くらいのボリュームで進行させてます。