2010.10.27 Wednesday
相手の視線を感じながら、私は背後にある扉までの距離を考えた。私は扉から何歩進んだのだったか?
スキンヘッドが身じろいで、その頭が少し上に上がった。背を伸ばしたようだった。
「すみません。……驚かせてしまったようですね。」
私の耳に飛び込んできたのは、やや低めの女性の声だった。風呂場特有のエコーがかかってやや聞き取りにくかったが、聞こえてきた声は間違いなく女性の声だ。
よかった、浴場を間違えたわけではなかったらしい。
腐っても鯛。失敗しても佐藤聖。女性の声を聞き間違ったりしない。これだけは自信がある。おかげでよく蓉子に肘鉄を食らったりしてますが。
ホッとした反動で、思わず盛大なため息をついた。その音が浴場内に、余計なエコーと共に響き渡る。いやいや待て待て。これは相手にとても失礼だろう。何て言ったって『あなたを男と間違えました』といっているようなものだから。
案の定、湯気の向こうから苦笑するような忍び笑いが聞こえてきた。
あああ……すみません、すみません。
「大丈夫ですよ。こういうことは日常茶飯事なので、慣れていますから。」
いや、そうは言われましても。
「この態(なり)なので、驚かせないようにとこの時間を選んでいるのですが、まさかこんなに早い方がいらっしゃるなんて。」
はぁ、そうですか。すみません、常識はずれで。
「……もしかして、よくお休みになれなかったとか?」
いえ、そういうワケでは……って……あれ??
もしかして、心を読まれてる?
……しかし。
お留守番してる理由なんですが、実は新居、風呂周りのリフォームを昨日からやっとりまして。
この寒空の中、ニホイ排気のために家中を開け広げての作業でございます。……寒い。ハナミズがさっきからズルズルとー。
指も凍えちゃってるよぅ。
……そろそろお昼なんですが、さっさと昼飯にいってくれんやろか。
実は元の家の方に虎の子の入ったカバンを忘れて出てきちゃってまして(またかよ)、取りに行かないと自分のお昼ご飯も買いにいけないという…(とほほほ…。