2010.10.22 Friday
朝の5時を過ぎた大浴場は、案内パンフに書かれているように、すでに営業を開始していた。
私は貴重品ロッカーに財布や携帯電話を放り込み、その横に設置してあるあまり大きくない自動販売機からタオルを1本買って、それから脱衣場に向かう。
早朝の脱衣場は人気がなく、がらんとしていた。明るい照明に煌々(こうこう)と照らされたその空間はまるで現実感がなく、大げさに表現すれば、まるで自分ひとりだけが生き残って、文明の中に取り残されたような気分にさせた。
私は手早く服を脱ぎ、脱衣カゴに無造作に衣類を放り込んだ。さっさと体を洗い、温めて、部屋に戻ろうと思った。アイボリーホワイトの壁が妙に浮いたように見えるこの空間から、とっとと退散してしまいたかった。私は先ほど買ったタオルを肩にかけ、足早に浴場に入った。
内部は湯気に満たされていて、とても視界が悪かった。
とりあえず、湯船につかる前に体を洗おうと思って、目をこらしながらそろそろと前に歩いていく。……と、そこにはすでに先客がいた。
「……!」
息をのんで思わず足を止める。
湯気に邪魔されてよく見えなかったが、しかし間違いなくスキンヘッドの後ろ姿が目に飛び込んできた。もしかして、間違って男湯に入ってしまったのか? それだったらこの状況はまずい。すごくまずい。先客がこちらに気がつく前に、とっとと退散した方が、安全だ。
相手から目を離さないで、なるべく音を立てないように、じり……と後ろに下がる。この時すでにタオルで前は隠していた。とっさのことだったとは言え、何て素早いのだ、自分。
しかし時すでに遅し。湯船の中のスキンヘッドが、ゆっくりとこちらを振り返り、そしてぴたりと動きを止めた。視線を感じる。こちらを凝視しているらしい。佐藤聖、万事休すか? 私は全神経をスキンヘッドに集中した。後ろから新手が来るかもしれない、とかは考える余裕はなかった。
ぱしゃん……と水を内尾とが浴場内に響いた。スキンヘッドが湯から両腕を出して、湯船の縁(へり)に肘をかけたのだった。
「すみません。……驚かせてしまったようですね。」
私の耳に飛び込んできたのは、やや低めの女性の声だった。
よかった、浴場を間違えたわけではなかったらしい。私はほっとして、ついつい盛大なため息をついた。
ここで止めるか! ……とお叱りを受けそうでー(w。
つづきは出張後に。運が良ければ出先から更新します。