ぼえぼえ―お道楽さま的日常生態

ぼえぼえ―お道楽さま的日常生態― STUDIO L Webん室

まぁ、いわゆる雑記。

 制帽の奥からカワチと妙高型たちの様子を見ていたヒナセは、自分には一生かかってもできそうにない受け答えだが、本来艦娘指揮官『提督』とは、あああるべきなんだろうなぁ……などと、今考えなくても良さそうなことを考えていた。
「とにかく、状況は? 状態がイマイチなドロップ艦を入渠槽ごと入れてたよね、確か」
 ヒナセが素っ気ない声で那智に訊く。できないならばできないで、それなりの立ち回りというものはある。
「あ……ああ……その……とにかく見てくれ。言葉でどう説明したものか……」
 どうにも歯切れが悪い。
 那智の狼狽ぶりに、ヒナセは事の重大さを感じずにはいられなかったが、実はこの那智、ときどき盛大にポンコツ振りを発揮することがあるので、そこも加味しておかねばならない。
「……ふむ。安全は確保できてるね」
「もちろんだ」
「じゃ、見てみますか」
「司令官、私が先に……」
「んにゃ、いい。那智を信頼してるから」
 考え得る重大ななにがしをいくつか用意しながら、ヒナセは救護室の扉を開けた。
「……れ?」
 開けてまず見えたのは、鳳翔の姿だった。顔だけこちらを向いている。
「……那智に呼ばれて来たんですけど?」
 言いつつ部屋に踏み入れて鳳翔の顔にピントが合えば、彼女が困惑したような顔になっているのに気が付いた。
「えっと……」
 ヒナセは思わず足を止めた。
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二次創作・実験室 > 艦これ
 ヒナセとカワチが救護室に近づくと、那智・足柄・羽黒の三人が救護室の扉を守るように立っていた。たぶん他の艦娘が近寄らないようにしているのだろう。二人の提督は、お互いにチラリ、チラリと目配せをし、三隻の番犬たちに近づいた。近づきながら、ヒナセは制帽の位置を整えるフリをして目深にかぶり直す。
 二人が進むにつれ、集まってきていた艦娘たちが作る壁の一画が崩れはじめる。その動きに扉を守る三守護神たちの視線がこちらに集中する。ヒナセが制帽を目深に被っているからだろう。三人の表情が硬く引き締まった。
「待たせたね」
 まずはカワチが軽やかに声をかけた。扉を守る妙高型次女以下三名が、その場で姿勢を正した。自分たちの主人であるカワチ提督とその上司であるヒナセ司令官に対する最上級の礼だ。こういう部分でこの妙高型たちは、今誰を立てるべきかをよく把握しているし、上下関係を他の艦娘たちに示す規範になっている。
「すまない提督」
 那智がばつの悪そうな顔で視線を下げる。それに対してカワチはニコッと涼やかに笑い、那智の肩にポン、と手を置いた。
「いやなに、おかげで事の重大さが知れたよ」
 カワチの口調はややおどけたような感じ、那智は首を横に振った。
「いや、そうじゃない。あれで、余計にみんな集まってしまって……」
「ああ……確かにね。仕方がないよ、それは。私たちも伝声管を使えないようにしていたからね。せめて君たち誰かの妖精さんを連れておくんだった」
 言って、カワチは手に持ったマフラーを胸の高さに上げて肩をすくめて見せた。
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二次創作・実験室 > 艦これ
「とにかく現状維持のまま、できるだけ急いで鹿屋に戻るしかないでしょうな。どのみち明日の朝には着きますよ」
「そうね、事故がなければね」
「……嫌なこと言わないで下さい」
 カワチのうんざりしたような声を聞きながら、ヒナセはずず…っと冷め切ったココアをすすった。冷たさが歯に響いて、虫歯もないのに痛い。
「じゃ、戻りましょうか。風邪を引いたら何もならない」
「うぃっす」
 カワチが伝声管に巻いたマフラーを取ろうとしたとき、管がピリピリと震える感触に気が付いた。
「……ん?」
 手早くマフラーを解いて蓋を開けると、那智の悲鳴のような声が飛び出す。
『アキラ! 司令官と早く降りてこい! 救護室!!』
 ヒナセとカワチは顔を見合わせた。那智は公私混同するタイプではない。完全なプライベートではカワチを名前(ファーストネーム)で呼ぶが、それ以外は『貴様』か『提督』としか呼ばない。今カワチが防空指揮所に上がっているのはヒナセと会議をするためだとも知っている。ということは――
 なにかゆゆしき問題が起きた。それも重大な。
「急ごう!」
「だね……」
 二人は防空指揮所を飛び出し、タラップを駆け下りて救護室に向かった。
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二次創作・実験室 > 艦これ
 艦娘は兵器――究極に言えば工業製品――と位置づけられた存在である。人間に酷似しているので一般的にはロボットみたいなものと思われているが、実際には、人間がもつ能力を何十倍にも強化したバイオロイド的なモノと考える方が正解に近い。筋力はもとより、五感については視力と聴力がことさらに強化されており、どちらも感知範囲はかなり広く、精度も高い。
 今『妙高』の中には五十隻近い艦娘たちがいて、そのうちの二十八隻は作戦海域で回収した艦娘である。内訳はドロップ艦だろうと思われる艦娘が九隻とドロップ艦でもないのになぜか所属元が判明しない艦娘が十九隻。所属不明艦は佐鎮の艦政部にすべて引き取って頂きたかったのだが、状態の芳しくない艦娘ばかりを選り分けられて、そのまま押しつけられてしまった。ヒナセが所属する鹿屋は佐鎮管轄下の主要基地であり、その鹿屋の分基地であるヒナセの三三六分基地は、佐鎮の孫(まご)曾孫(ひまご)玄孫(やしゃご)みたいなもので、家長にも等しい存在から基地の主任務を盾に艦娘の引き取りを拒否されてしまえば、こちらはグウの音も出ない。というわけで二十八隻全員とりあえず鹿屋に連れて帰ることになった。鹿屋に戻った先のことが確定していず、さらに自分ちの艦娘のほうが少ないという状況で、未所属艦娘に内部事情が漏れるのは、はっきり言って好ましくないどころか危険である。回収・搬送艦娘が数隻なら厳重防音された専用の待機部屋にでも入っていてもらうのだが、まさかの十五隻超えでそういうわけにもいかなくなった。仕方がないので一部の兵員室を収容艦たちに解放すると、今度は艦内中に張り巡らされている伝声管がやっかいな存在になった。伝声管内に伝っている音が人間には聞こえないくらいの音量だとしても、艦娘になら聞こえてしまう可能性が十分ある。
 そのような諸々の事情が重なって、結局、防空指揮所くらいしか内緒話ができる場所がなかった。寒いのなんとは言ってられない。
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二次創作・実験室 > 艦これ
 景二 有明海上 佐鎮~鹿屋D航路



 西の水平線が赤く染まっているのを右舷に据え、旗艦『妙高』は艦首を南に、穏やかな海の上を進んでいる。
 沖ノ島沖で展開した大規模海戦は、かろうじてこちら側の勝利に終わり、ヒナセたちはやっとのことで任を解かれた。佐世保鎮守府に一時寄港して諸手続をすませたあと、旗艦を『妙高』に替えて鹿屋への航路を取った。やや大きな迂回ルートであるD航路を取ったのは、休息を取りながら帰投したいためである。鹿屋に戻れば別の諸手続が待っている。やらねばならないことを先延ばしにするのは良いことではないが、今はとにかく疲れを取ってやりたいというのが、ヒナセとカワチの共通の気持ちだった。
 特に『鳳翔』は補給任務時と漂流艦回収時の大騒動で、飛行甲板や格納庫どころか艦内までドロドロに汚染されまくり、鳳翔自身も疲労困憊のために実艦形態での運用が困難な状況になってしまった。沖ノ島沖の作戦海域から佐鎮に帰投するまでは、かろうじて旗艦としての勤めを果たしたことを賞賛すべきだろう。佐鎮で入渠させることも考えたが、鳳翔自身がそれを嫌がったので、ヒナセはカワチの進言を受け、旗艦を『妙高』に移した。現在、旗艦『妙高』の艦長はカワチ少将が、航海長は妙高務めている。
「とにかく、だ。返却先がわからない艦娘たちを、まずどうするか決めないと」
『妙高』の防空射撃所で、ヒナセは寒さに震えながら言った。手に持ったココアが光の速さで冷たくなっていくのを、手袋越しにひしひしと感じる。
「ですな。とりあえずは鹿屋基地に戻ることが先決でしょう。あとはアサカ次長に相談するしかないのでは?」
「だねぇ……佐世保を出る前に暗号電文でざっと報告はしてあるから、処理は速いと思いたいんだけど」
「基地(自分ち)に返りたい空気がダダ漏れですよ、司令官」
「だって、寒いんだもん」
 ココアを飲もうとしても歯の根がカチカチ震えて上手く飲めない。
「じゃあせめて指令艦橋で話をすればいいのに」
「情報漏洩が怖い」
「……確かに」
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二次創作・実験室 > 艦これ
「艦隊進路四時から五時の方向より、艦娘の反応。複数アリ……イエ、多数とのことです」
『多数?』
 司令官と副司令の声がきれいにハモる。
「さきほどの大波で、傾斜復元できずに転覆した艦がいるのではないでしょうか」
 鳳翔が冷静に推測を述べると、カワチが「なるほど」とうなずいて、ヒナセの方を向いた。
「どうします? 司令官」
「どうするもこうするも、こっちに流れてきたのは助けるしかないでしょ。ああ……人も流れてくるかもしれないねぇ」
 ヒナセの声はため息交じりだった。
「ですな。波がまだ荒いので、救命ボートを出すのは無理でしょうから……」
「だねぇ。……『鳳翔』以外装縮して回収に向かわせよう。艦娘形態のほうが小回り効くでしょ。できるだけ助けたくはあるけど二次災害は避けたいな。単艦での作業はNGで。とにかく無理はしないこと」
「了解しました」
 カワチ副司令の朗とした声が艦橋に響く。
「全艦に発令。艦隊進路四時から五時の方向付近から、間もなく多数の艦娘が流されて来ると思われる。『鳳翔』以外の艦は全員艤装縮納。重巡あるいは軽巡と駆逐艦の二隻ひと組で、漂流中の人および艦娘の救助・回収にあたれ。収容は『鳳翔』にて行う。なお二次災害に十分注意するように。天候が悪すぎる。少しでも無理だと思ったら、救助・回収は即時中止するように。くり返す。全艦に発令。艦隊進路―――」
 艦橋はふたたび、連絡妖精さんたちが発するざわめきに包まれた。
(そうは言ってもたぶん流れてるのを見つけちゃったら、みんな助けずにはいられないんだろうなぁ)
 内心でため息を漏らしながら、ヒナセが自分の斜め前で操艦している鳳翔に目をやると、鳳翔も同じようにこちらを見ていた。
「提督。この天候だと飛行甲板は危険なので、格納庫を収容場所にしたいと思いますが、いかがでしょうか」
「あ……ああ、はい。鳳翔さんのお好きなように」
 今実艦形態だからといって、鳳翔が自分自身の運用の仕方についていちいち艦隊司令官に指示を仰ぐ必要はない。なのでヒナセの返事は至極当然のことなのだが、言い方が素っ気なさすぎたか、鳳翔の表情がスッと真顔になった。それに気が付いたカワチが肘で、ヒナセを小突く。
「あんだよ」
「すみません。今足を取られました」
「狭いんだから、気をつけてよね」
 やれやれ困ったものだな、とカワチは心の中で呟いて、鳳翔にほんの少しの憐憫が混じった視線を投げた。鳳翔は表情を消したまま、自分の妖精さんたちに指示を出していた。

 ――――。
 艦隊幹部たちが当座のこと以外に気を回せる程度の余裕を持っていられたのはこの時点くらいまでだった。
 この後、漂流艦娘たちが次々と回収されてきて、旗艦『鳳翔』は、文字通り煮えたぎった地獄の釜のような状況になったのである。
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二次創作・実験室 > 艦これ
「な……」
「立ってる場所が悪かった……みたい」
 妖精さんの質量はあるのかないのか不明であるが、一度に大量に降りかかれば、ヒナセくらいの体格と体重なら、押し倒すことは可能なようである。
 カワチはあっけに取られてヒナセたちを見ていたが、思いだしたように一瞬視線が彷徨って、それから取り繕うように咳払いをした。
「あー……とりあえず、全艦隊状況を報告せよ。繰り返す。全艦隊、状況を報告せよ」
「……あとでおぼえてろ」
 ヒナセは鳳翔に支えられながら立ち上がり、カワチを睨めつけた。
「いやいや、笑ってなんかいませんよ、司令官」
 言ってるカワチの口元は、微妙に歪んでいる。ヒナセは盛大に顔をしかめて、口の中でチッと舌打ちした。
「就寝時の脳内再放送も禁止ね」
「無茶言わんで下さい」
 ここで助け起こそうと手なんか出そうものならヒナセの逆鱗に触れるのを重々理解しているカワチは、鳳翔に羨望のまなざしを向けるだけに留めておいた。その鳳翔は、今カワチがヒナセに対して心からやりたいことをやっている。
「……どこか怪我とかしてないですか?」
 カワチは、自分の心うちを悟られない程度にさらりとした声を出した。
「大丈夫。鳳翔さんが支えてくれたから。あまりに急だったんで変に踏ん張ったりしてないから、捻ってもいないよ」
 鳳翔に半ば抱きかかえられるようにしてヒナセは立ちあがり、シワを伸ばすような仕草で第一種制服のボトムの表面を叩き払うと、制帽を目深にかぶりなした。
「艦同士が接触とかしてないか現況報告を急がせて。各艦の見張りに、自分の周囲の艦がどうなっているか、確認させ――」
「てーとく、神通さまより緊急です!」
 ヒナセが指示を言い終わる前に『神通』付き妖精さんの声が飛んできて、艦橋内が一瞬ザワっとどよめいた。
「報告どうぞ」
 ヒナセは先を促した。まるで「お茶でもいかが?」くらいのトーンだった。
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二次創作・実験室 > 艦これ
 カワチが発令すると、各艦から出張してきている連絡妖精さんたちが一斉に自艦へ命令を伝達し始め、さらに数分後に各艦娘たちから任務遂行を完了した旨の報告が入り始める。普段は静かな艦橋内に、さざ波が立てるざわめきのような音が満ち、そしてふたたび静寂が訪れたとき、鳳翔が静かに告げた。
「全艦隊、命令遂行完了しました」
 ふたりの提督は、視線を艦の進行方向に見据えたまま、同時にうなずいた。
「じゃ、ま……とりあえずこのまま、作戦総司令部の命令が出るまで待機ね。みんな無理はしないように。救難信号をキャッチしたら、まず報告して下さい。嵐が酷いから勝手に行動しないように。巻き込まれたら本末転倒だ」
「司令官、ほんの少しでいいから、取り繕い給えよ」
 カワチが形の良い眉を微かにひそめた。
「いいじゃん。どうせあっちには聞こえない」
「聞こえやしないが、艦たちの行動でこっちのやる気が無いのがバレるのは得策でないよ」
「あー……もう、めんどくさいなぁ」
 ヒナセの顔が盛大にしかめっ面になる。それを見たカワチは、世にも珍しいモノを見ている顔になりつつも、艦橋の士気がこれ以上下がらないようヒナセをなだめる作戦に出た。
「そう言いながら、私に指示発令を丸投げしない君の真面目さは好きだよ」
「……こんな時にもその軽口叩きますか」
「軽口なんてとんでもない。心より賞賛しているのさ」
「ふだんの態度がアレだから、信用できな――」
「波です! 十時の方向!!」
 鳳翔の鋭く、しかし落ち着いた声飛び、言い終わると同時に世界が大きくうねった。羅針艦橋の中にいる妖精さんたちが宙を舞う。
 さすがのカワチも不意を突かれて踏ん張ることができずに体勢を大きく崩した。それでも手近にあった管をとっさに掴むことには成功し、無様な転倒だけは回避した。
「ヒナセ、大丈夫か!?」
「……なんとか」
 先ほどの憮然とした声から一転、か細い返事が返ってきた。カワチが声の方向を見れば、そこには妖精さんたちにまみれたヒナセが、鳳翔に抱き留められて床に転がっていた。
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二次創作・実験室 > 艦これ
 そんな与太話をしている間にも、海は静まる気配どころか波の上下運動は現在進行形でさらにひどくなっていく。カワチもヒナセも海軍生活がそれなりに長いので、多少の激浪くらいでは船酔いなぞするはずもないが、それでも大きすぎる波のうねりに艦が乗ると、三半規管がときどき悲鳴を上げそうになる。揺さぶられ続けるのにも限界はある。人間だから。
「司令官。救命胴衣の着用を進言します」
 カワチ少将の声に、ヒナセは小さくうなずいた。
「進言を受け入れます。艦隊総員、救命胴衣着用」
「了解しました」
 艦娘にも救命胴衣を付けさせるのは、うっかり接触事故を起こし実艦形態が解除されたのみならず、艤装が故障した場合を考えてのことだ。旗艦『鳳翔』が事故れば、下手をするとヒナセもカワチも海に投げ出されてしまう。このくそ寒い荒天の中、海に落ちれば救命胴着があったとろで無事ではすまされないだろうが、付けていないよりは、浮力があるぶん助かる見込みがないわけではない。要は艦娘たちが助けに来てくれるまでの時間稼ぎができればいい。そしてそれは、助ける対象が艦娘であっても同様である。艦娘は人ではないので水中でもかなり長い時間の生命維持が可能だが、それでも限界はある。艤装が能力不能となったとき、彼女たちは自重がゆえに浮くことができず、ある深度以上沈むと回収はまず不可能になる。艦娘が見た目のイメージや同体格の人間よりもはるかに重いのは、『艤装を内包しているからであり、それを支えるための筋肉密度が人間よりもはるかに高密度だから』と言われているが、そこは最高機密に属することなので詳しいことは分からない。ただ『浮力なんか意味がないほどに重いから、素体のまま水に落ちれば沈むしかない』のだ。
「各艦へ伝達。艦隊総員、救命胴衣を着用せよ。くりかえす。艦隊総員、救命胴衣を着用せよ」
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二次創作・実験室 > 艦これ
 この一文で、階級上同格の作戦司令長官とその幕僚団を黙らせるのだから、さすがは上級軍族・浅香家の人間である。しかしその部下であるヒナセたちは「しょせん軍族の腹とか背中にくっついているコバンザメ」くらいの認識と扱いでしかない。腹は立つが事実である。多くの佐官を輩出している中級軍族のカワチですらそうなのだから、農家出身のヒナセなんかは、ミジンコくらいにしか思われていない。
 自分の基地やアサカの元にいれば気が付かないことだが、こうして外の組織に紛れ込むと、血筋や出身が大きく物を言い、階級や組織内の地位(こう見えてもヒナセは分基地司令官で、場合によっては作戦司令長官よりも立場が上になったりもするのだが)ですら軽視されることを実感せざるを得ないのだった。

 さて、船倉が空になった補給船団を戦闘海域外までエスコートしていったカワチ提督の第二戦隊は、編成数が半分以下になって戻ってきた。ヒナセの第一戦隊に合流したのち、カワチ提督は、ヒナセ艦隊旗艦に移乗した。半分は作戦会議がやりやすいように、半分は沸騰したヒナセ司令の緩衝材――つまりはお目付役である。この時点で旗艦は『鳳翔』に戻っている。
 作戦海域の隅っこのほうで残留待機に入ったが、何かあったらすぐさま逃げ出せるよう陣形を組み、警戒を厳とし、見張りをいつもよりも多く配置した。戦闘に巻き込まれるだけ損にしかならないのに武勲を取りに行こうなんて矜持や無謀さは、ヒナセもカワチも持ち合わせていない。『被害はできるだけ最小限に』が作戦骨子であり、艦隊行動のモットーである。
 そのうちに作戦総司令部から、戦闘不能で漂流しているだろう艦娘の救出や、出るかどうかも分からないドロップ艦の回収をするよう命令が下った。ヒナセ基地の主任務は『傷ついた艦の修復とリハビリ』なので、本道からそれた話ではないのだが、とにかく作戦総司令部の態度が気にくわない。戦闘行動をほとんどしない基地の艦隊なんか足手まといだ、という総司令やその参謀たちの感情が、声からも態度からも命令そのものからもだだ漏れである。だったら補給任務が終わった時点でさっさと佐世保あるいは鹿屋に帰投させてくれればいいのに、それはダメだとべもない。全作戦終了時に艦隊の頭数がある程度以上そろっていないと昇級査定に響くもんだから、ヒナセ艦隊を無理矢理残して、さらに自分たちの邪魔にならないよう、文字通り『拾い仕事』をさせようとしていることは、火を見るよりも明らかだった。

 そんなワケでヒナセの機嫌は『悪い』を通り越して『怒髪天』すらも通り越している。
 カワチ提督はいつも以上にニコヤカでスマートな態度を貫いているが、これはきっとヒナセが怒りきってるからあえてそうしているだけで、打ち合わせ中に多少の毒が漏れたりしているから、きっと同じくらい、いやもしかしたらヒナセ以上に煮えたぎっているのかもしれない。なんにしても有能な部下である。階級は一緒だけど。
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